伊藤シェフの言葉にもあったように、日本料理で肉料理といえば煮物やすき焼き風煮といったものが多かったと言える。それが近年のインバウンド向けの盛り上がりのなかで、ストレートに和牛の炭火焼きなどを提供する日本料理店も増えている。
ただ、そうした中で課題となっているのが、霜降り度合いの多すぎる和牛が多いことと、それをどのように味付けして出すかということだ。これに対しても、伊藤シェフはUmamiéをもちいた解決策を出してくれた。
まず肉料理として伊藤シェフが出してくれたのは、黒毛和牛(この日は山形牛)の味噌漬けである。
「ごらんの通り、A5の山形牛です。魚と同じように味噌漬けにしたのですが、今回は漬け地にヨーグルトも混ぜています。麹菌による発酵と乳酸菌による発酵の力を、Umamiéでさらにブーストさせてみようということです。」
(伊藤シェフ)
和牛肉のヨーグルト味噌漬け
Umamié設定:ヨーグルトと味噌の床に漬け、約28時間処理
端正に盛り込まれた和牛の味噌漬けだ。火入れの熱源は炭火焼きだが、肉の表面は味噌が焦げることなく、綺麗な焼き色が着いている。そしてその断面をみていただきたい。A5らしく霜降りでサシの入った部分の照りが多いが、しっとりと水分も湛えているようにみえる。口に運ぶと、味噌の甘い香りが鼻孔に通るが、肉と噛むとジュッと和牛の脂、赤身のジュースが染み出て、予想以上にみずみずしい。
「通常、肉を味噌漬けにすると浸透圧で水分が排出されるので、それを火入れするとパサついた食感になることが多いんですよ。ところがね、漬け地に入れた牛肉をUmamié処理すると、パサつきが一切なく、しっとりとジューシーに仕上がるんです。そして何より、香りが素晴らしいでしょう?」
(伊藤シェフ)
そう、この和牛肉、馥郁とした香りがとても素晴らしい! 味噌の香りだけではなくなんともいえない芳ばしいフレーバーを感じる。
「同じ発酵食品であるヨーグルトと味噌を使っているからだと思うのですが、ドライエイジドビーフのような熟成香、ナッツのような香ばしい香りがするんですよね。脂もくどさがなく、綺麗な印象です。これもUmamiéによって引き出されているとしたら驚きですね。」
(伊藤シェフ)
ドライエイジドビーフのような香りというのは、たしかに感じることができた。これはヨーグルト味噌の香りだけではないだろう。和牛が持つ脂が分解したときに出る、ラクトン香のようなものがその奥に感じられる。ドライエイジングを牛肉に施すと甘い桃のようなラクトン香が発生することがあるが、それに近いものがあるのかもしれない。
そして、特筆すべきは脂の軽やかさが生まれていることだ。筆者はA5の和牛肉はなるべく食べたくないなあ、と思う者だが、脂身の香りがとても軽やかで、A5とは思えず、スイスイと食べ進めてしまった。もしかすると、脂のしつこさを生み出す要因自体もUmamié処理によって分解が進んでいるのかもしれない。
「でもね、和牛がおいしいのは素材がいいのだから、当然といえば当然なんですよ。Umamié処理の面白さを感じていただくために、もう一つ実験です。若鶏、つまりブロイラーのお肉を同じヨーグルト味噌で漬けたものをお出しします。」
(伊藤シェフ)
牛肉の後に若鶏とは! ただでさえ濃厚な和牛を、味噌に漬け込んでいただくという濃い味わいの料理の後だと、インパクトも感じられないのではないかと思いながら、厨房を覗かせていただく。
若鶏肉もしっかりヨーグルト味噌に漬かっており、それに串を打って炭火で炙る。なお、先の和牛肉も同様に炭火で焼いたものだ。串を抜き、カットすると端正な日本料理の一皿に。
若鶏肉のヨーグルト味噌漬け
Umamié設定:ヨーグルトと味噌の床に漬け、約28時間処理
正直、あまり期待せずに口に運んだが、思わず目を見張ってしまうおいしさだ。地鶏や銘柄鳥ではなく、あくまで一般的なブロイラーを使用しているにもかかわらず、パサつきが一切なく、しっとりとジューシー。そしてゴージャスな香りが素晴らしい。
「普通の味噌漬けと全く違う仕上がりだよね。まず、水分がちゃんと保持されている。だから、柔らかいしジューシーに感じるんだよ。味噌漬けってもっと身が引き締まって、固くなっちゃうはずなのにさ。」
(田村シェフ)
田村シェフの驚きももっともなことだ。この写真の断面をみていただければ、甘鯛同様、身肉にしっかりと漬け地の味が染み渡っていることと、その細胞ひとつひとつがしっとりジューシーに仕上がっていることがお分かりいただけると思う。炭火による遠赤外線の火入れで、肉の芯まであたたまり、内部の水分の膨張によって全体がふんわりした食感となっているのだ。これが普通の味噌漬けだと、もっと水分がなくなって、ギュウッとした食感になってしまうはずだ。Umamiéは肉の水分を保持しながらも、漬け込みが全体に行き渡るようにする効果もあるということか。
「味もいいけど、何よりも香りがすばらしいんですよね。まず鶏に特有の匂いはまったくないですよね。今回は国産若鶏を使いましたけど、輸入の冷凍ブロイラーを使った方が、違いがよくわかったかもしれません。それと、味噌にヨーグルトも合わせたのがポイントかもしれないけど、なんだか鶏なのにドライエイジドビーフのような風味がありますよね。」
(伊藤シェフ)
たしかに、先の和牛肉でも感じた芳香が、若鶏肉でも感じられる。Umamiéが発酵調味料の働きを促進し、肉のタンパク質分解を進めると同時に、芳醇な香りを短時間で肉にまとわせたのだろうか。
「やっぱりね、Umamiéの素晴らしいところは、高級な食材を処理してもおいしいけれども、いわゆる「普通の食材」が飛び抜けておいしくなることかもしれませんよ。ちょっと、それを実感してもらうために面白いものを仕込みましたから、食べてみてください。」
(伊藤シェフ)
と、最後の隠し球が提供された。