新店を出すにあたり、髙畠さんの心の内にはしっかりと「Umamiéを使いたい。」という気持ちが根付いていた。というのも、瓢亭時代から日本料理におけるUmamiéの有用性を実感していたからだ。
「全国の料理人が読む『専門料理』という雑誌でUmamié(当時の商品名はエイジングブースター)が掲載されたとき、食い入るように記事を読みました。当時はUmamiéを使って肉の熟成を進めることが中心に書かれていましたけど、これって日本料理の食材にも使えるんちゃうかなって。それで、社長(高橋義弘氏)に『これ、買ってください。』ってお願いしたんですよ(笑)。」
実はその時、すでに瓢亭にUmamiéの一号機を試用していただくことは確定していた。そうして髙畠さんは、瓢亭の厨房に運び込まれたUmamiéを休ませることなく、高橋氏の指示の下、様々な食材で熟成の実験をしてきたのである。
「やっぱり、このUmamiéは革命的な装置だと思います。魚という食材は、肉に比べると足が早くデリケートで、ちょっとしたことで味も香りも悪くなってしまいます。できるだけ寝かせて味わいを引き出したくても、その魚のポテンシャルを超える時間をかけてしまうと、香りが消えてしまうこともあるんです。でもUmamiéは食材の中心温度を上げつつ、表面温度を下げることができ、鮮度を失わない時間で旨さを引き出すことができます。」
そうした経験もあって、髙畠氏は「圓」の出店が決まる前から四国計測工業に打診し、Umamiéの導入を企図してきたというわけだ。「圓」の店舗はもともと、洋品店が営まれていた小体な2階建てのつくりだ。その二階スペースのど真ん中に、Umamiéが鎮座している。
初代エイジングブースターから冷却方式が変わったが、髙畠氏は「使いやすくなりましたね。純粋に、庫内が広いということに加えて、食材に刺して使用する熟成温度計が2本用意されているのがありがたいです。」という。
さて、このUmamiéを使用してまずはどんな食材をどのように料理してくれるのだろうか。
「まずはスズキの油焼きです。瓢亭さんで定番料理として出されている一品ですが、高温に熱した油で皮目をパリッとさせ、しばらく置いて余熱でじんわりと身に火を通し、最後に高温の備長炭で焼き上げる。このスズキを一塩あててから1時間おき、Umamiéに入れて処理しています。」
日本料理におけるメイン料理と言える焼き物では、よくスズキが使われる。大型に成長するスズキは味がよいことはもちろん、焼き物にした時に豊かなボリュームがある魚だ。ただし、この料理を何度もゲストに出してきた中で、髙畠氏は思うところがあったという。
「スズキに限りませんが、皮目を残すお客さんはけっこういらっしゃいます。私たちはもちろん、皮とその下の脂の部分に価値があると思っており、そこをおいしく食べられるように調理しているつもりです。ただ、そこを味わっていただけないことが多い。皮の下はぐにゃっとしやすいからだと思います。そこで、Umamiéで熟成にかけることで、皮目の余分な水分が飛んでカリッと仕上がるだろうと予想しました。」
実際にUmamiéにかけたスズキをみていただこう。1.2キロくらいの中型のスズキを3枚におろしたものだ。
庫内温度2℃、
熟成温度10℃、
風量 中で3時間。
皮の表面をご覧いただければわかるとおり、水分が浮いていないどころか、皮目が乾いていることがわかる。なお「皮目は水分を飛ばしたいが、身の水分は保持したい」との狙いで、身の部分にのみラップをしてUmamiéにかけていたという。
これを切り身に分けた後、串に刺して、大胆にも熱した油をかけていく。
170℃に熱した米油を皮目にかけていくのだが、「ジャー、ジャー」という音と水分が蒸発し、油の飛沫が飛び散る、ダイナミックな調理工程となる。
「これでかなり火が入るだろうと思われるんですが、熱いのは表面だけですから、火が通り過ぎることはありません。これをしばらく置いておくことでじんわりと内部に火が通っていきます。」
そうして余熱で火を通したスズキの切り身を、カンカンに熾った土佐備長炭の火で炙っていく。
これをちり酢と共に盛りつけたのが「スズキの油焼き」だ。
スズキの油焼き
いかがだろうか、写真を観ただけでも、スズキの皮目の水分がしっかり飛び、パリッとした焼き上がりが持続している様が見てとれるだろう。
皮目のしっかりした部分を口に入れると、パリッとした食感の皮目から芳ばしい香りが立ち、かたや皮下の脂部分のうま味が舌に溶け出す。驚くのはその直下の身肉がしっとりと豊潤な水分を湛えていることだ。パリッとした皮目、火が入ってホクッとした身肉、そしてしっとり水分をたたえた身肉の三層が一口で味わえるのだ。
「そうなんです、スズキの身肉を三層で味わう表現をできるのがUmamiéの効果です。正直、実験する前は身の水分も飛んでしまうだろうなぁ、と思ってたんですが、ラップをした部分は水分が浮いてきて、理想的な水分量が保持されていました。」
スズキは人気の魚種ながら、大味で好きではないという人もいる(実は筆者がそうである)。しかしこの時いただいたスズキの油焼きは、まったく嫌味無く、活力ある味わいと繊細さを併せ持った、素晴らしい一品だと感じた。