日本料理 圓(香川県・丸亀市)
日本料理 圓(香川県・丸亀市)
2024年5月、Umamiéを開発した四国計測工業のお膝元である香川県の丸亀市に、意欲的な新店が生まれた。
「圓(えん)」は丸亀市出身の日本料理人である髙畠克員(たかばたけ・よしかず)氏が営む日本料理店だ。
(取材・文・撮影:山本謙治)
食材
設定
注目すべきは髙畠さんの料理人としてのキャリア。京都の日本料理界で燦然と輝く存在であり、すでにUmamiéの前身であるエイジングブースターを使いこなしている「瓢亭」で長年、副料理長として務めてきたというのだ。
圓の店舗外観
圓の店内写真
「瓢亭さんで修業させていただいている時にUmamiéのことを知り、僕も『社長、これ買ってください!』とお願いしたんですよ。」というほどに髙畠氏はUmamiéの技術に期待を寄せ、実際に使いこなしてきた。このたび独立を果たした同氏が挑むのは、自分の出身地である香川県の風土から生まれた食材をより上質な味に昇華するためのUmamié使いである。
髙畠克員店主
農家の生まれだから、鮮度の高い良質な食材に恵まれ、料理をする感覚を幼い頃から磨いてきた。そして自然と、進路も食への道を志向することとなった。
「高校卒業後は京都の調理師学校へ進みました。自分は最初から日本料理をしたいと思ってました。それならやはり京都で学びたいと思ったんです。そこで料理を勉強しながら、先生に『どこか働きながら学べるお店を紹介して下さい』とお願いしていたんですが、そうしたところ『お前、瓢亭さんでアルバイトするか?』と声を掛けてもらいました。」
調理中の髙畠克員店主
そこで「はい、行かせてもらいます。」となったわけだが、面白いのは当時の髙畠青年は、瓢亭がどんな店なのか、まったく知らずに門を叩いたということだ。皿洗いに入り、そこへ集うお客の錚々たる顔ぶれ、そして厨房内に運び込まれる一流の食材、そして400年を超える歴史の重みに「これはエラいところに来てしまった。」と思ったという。ただ、アルバイト生としての2年間は本当に皿洗いしかしなかったそうだ。
「お店の先輩方が『これもやってみるか?』と水を向けてくださるんですが、私は『いえ、アルバイトですから。』と、皿洗いだけやっていました。ただ、バイトに同期で入ったやつが『あ、やりまーす』となんでもやらせてもらっていましたので、そいつに『どうやったの?』と根掘り葉掘り聞いて、こっそり自宅で練習してたんです(笑)。学校を卒業する時、瓢亭さんに『働かせてください。』とお願いして入社することになったんですが、実はその時には色んな仕事ができるようになってました。」
そうして入社した瓢亭で27年、気づけば髙畠氏は副料理長にまで駆け上った。その期間は、14代目主人である高橋英一氏が瓢亭の名を全国に知らしめ、15代目主人の高橋義弘氏がその名声を受け継いだ時期に渡っている。
「高橋英一会長の時代は、京都の日本料理があるべき姿を探求し、京野菜の生産者さんと一緒に素材の見つめ直しをするなど意欲的に取り組んでおられました。そのバトンを引き継いだ15代目の高橋義弘社長は、その料理の技術や世界観を、現代の感覚でさらに深めておられます。お二人のそばで瓢亭さんの料理を支えることができたことは本当に幸運やったと思っています。」
瓢亭は京都を代表する料亭である。そういうと、上品で薄味な料理が出てくるだろうと思う方もいるかもしれないが、じつは瓢亭の料理は、しっかりした味わいが特徴でもある。
「よく『京都はうす味』と思っている方が多いんですが、そんなことはありません、京都の人は濃い味もお好きです(笑)。何でもうす味ならいいというわけではありません。瓢亭さんのお料理の考え方は『しっかり存在感のある味で素材の味を引き出す』というもの。これはお野菜でもお魚でも同じです。タケノコは大ぶりに切って、しっかりした味を煮含めたものに木の芽をたっぷり盛ってお出しする。お客様は『これが京都のタケノコの味だね』と満足していただいていました。私はこれこそが日本料理の正解だと考えているので、瓢亭さんで学んだ基本を香川県で展開していこうと思っています。」
そんな思いを秘めて、瓢亭での27年間(アルバイトの時期を含めると29年!)の勤めをあがり、故郷である香川県へ。1年間は地元料亭で料理長として働き、出身地である丸亀市で店を出す準備をしてきたのである。
香川の魚の味わいを極限まで引き出すUmamiéの使い方
スズキの油焼き
スズキの油焼き
新店を出すにあたり、髙畠さんの心の内にはしっかりと「Umamiéを使いたい。」という気持ちが根付いていた。というのも、瓢亭時代から日本料理におけるUmamiéの有用性を実感していたからだ。
「全国の料理人が読む『専門料理』という雑誌でUmamié(当時の商品名はエイジングブースター)が掲載されたとき、食い入るように記事を読みました。当時はUmamiéを使って肉の熟成を進めることが中心に書かれていましたけど、これって日本料理の食材にも使えるんちゃうかなって。それで、社長(高橋義弘氏)に『これ、買ってください。』ってお願いしたんですよ(笑)。」
実はその時、すでに瓢亭にUmamiéの一号機を試用していただくことは確定していた。そうして髙畠さんは、瓢亭の厨房に運び込まれたUmamiéを休ませることなく、高橋氏の指示の下、様々な食材で熟成の実験をしてきたのである。
「やっぱり、このUmamiéは革命的な装置だと思います。魚という食材は、肉に比べると足が早くデリケートで、ちょっとしたことで味も香りも悪くなってしまいます。できるだけ寝かせて味わいを引き出したくても、その魚のポテンシャルを超える時間をかけてしまうと、香りが消えてしまうこともあるんです。でもUmamiéは食材の中心温度を上げつつ、表面温度を下げることができ、鮮度を失わない時間で旨さを引き出すことができます。」
Umamiéと髙畠克員店主
そうした経験もあって、髙畠氏は「圓」の出店が決まる前から四国計測工業に打診し、Umamiéの導入を企図してきたというわけだ。「圓」の店舗はもともと、洋品店が営まれていた小体な2階建てのつくりだ。その二階スペースのど真ん中に、Umamiéが鎮座している。
初代エイジングブースターから冷却方式が変わったが、髙畠氏は「使いやすくなりましたね。純粋に、庫内が広いということに加えて、食材に刺して使用する熟成温度計が2本用意されているのがありがたいです。」という。
Umamiéと髙畠克員店主
Umamiéのタッチパネル
さて、このUmamiéを使用してまずはどんな食材をどのように料理してくれるのだろうか。
「まずはスズキの油焼きです。瓢亭さんで定番料理として出されている一品ですが、高温に熱した油で皮目をパリッとさせ、しばらく置いて余熱でじんわりと身に火を通し、最後に高温の備長炭で焼き上げる。このスズキを一塩あててから1時間おき、Umamiéに入れて処理しています。」
日本料理におけるメイン料理と言える焼き物では、よくスズキが使われる。大型に成長するスズキは味がよいことはもちろん、焼き物にした時に豊かなボリュームがある魚だ。ただし、この料理を何度もゲストに出してきた中で、髙畠氏は思うところがあったという。
「スズキに限りませんが、皮目を残すお客さんはけっこういらっしゃいます。私たちはもちろん、皮とその下の脂の部分に価値があると思っており、そこをおいしく食べられるように調理しているつもりです。ただ、そこを味わっていただけないことが多い。皮の下はぐにゃっとしやすいからだと思います。そこで、Umamiéで熟成にかけることで、皮目の余分な水分が飛んでカリッと仕上がるだろうと予想しました。」
3枚におろしたスズキ
実際にUmamiéにかけたスズキをみていただこう。1.2キロくらいの中型のスズキを3枚におろしたものだ。
庫内温度2℃、
熟成温度10℃、
風量 中で3時間。
スズキの皮の表面
皮の表面をご覧いただければわかるとおり、水分が浮いていないどころか、皮目が乾いていることがわかる。なお「皮目は水分を飛ばしたいが、身の水分は保持したい」との狙いで、身の部分にのみラップをしてUmamiéにかけていたという。
これを切り身に分けた後、串に刺して、大胆にも熱した油をかけていく。
調理中の髙畠克員店主
スズキに熱した油をかけていく
170℃に熱した米油を皮目にかけていくのだが、「ジャー、ジャー」という音と水分が蒸発し、油の飛沫が飛び散る、ダイナミックな調理工程となる。
「これでかなり火が入るだろうと思われるんですが、熱いのは表面だけですから、火が通り過ぎることはありません。これをしばらく置いておくことでじんわりと内部に火が通っていきます。」
そうして余熱で火を通したスズキの切り身を、カンカンに熾った土佐備長炭の火で炙っていく。
これをちり酢と共に盛りつけたのが「スズキの油焼き」だ。
調理中の髙畠克員店主
ちり酢と共に盛りつける
スズキの油焼き
スズキの油焼き
いかがだろうか、写真を観ただけでも、スズキの皮目の水分がしっかり飛び、パリッとした焼き上がりが持続している様が見てとれるだろう。
スズキの油焼き
皮目のしっかりした部分を口に入れると、パリッとした食感の皮目から芳ばしい香りが立ち、かたや皮下の脂部分のうま味が舌に溶け出す。驚くのはその直下の身肉がしっとりと豊潤な水分を湛えていることだ。パリッとした皮目、火が入ってホクッとした身肉、そしてしっとり水分をたたえた身肉の三層が一口で味わえるのだ。
「そうなんです、スズキの身肉を三層で味わう表現をできるのがUmamiéの効果です。正直、実験する前は身の水分も飛んでしまうだろうなぁ、と思ってたんですが、ラップをした部分は水分が浮いてきて、理想的な水分量が保持されていました。」
スズキは人気の魚種ながら、大味で好きではないという人もいる(実は筆者がそうである)。しかしこの時いただいたスズキの油焼きは、まったく嫌味無く、活力ある味わいと繊細さを併せ持った、素晴らしい一品だと感じた。
鮮度感と熟れをあわせもつ、アジの棒寿司
アジの棒寿司
アジの棒寿司
さて、もう一品はなんとアジの棒寿司だ。
「なぜ棒寿司をUmamiéにかけようと思ったかは、食べていただければわかります。まずは、この場で作る棒寿司をお食べください。」
そういうや、髙畠氏はあらかじめ塩と酢で締めたアジの身を、酢飯と共に巻き始めた。
棒寿司を調理中の髙畠克員店主
棒寿司を調理中の髙畠克員店主
アジの棒寿司
アジの棒寿司
庫内温度15℃、熟成温度20℃
アジの棒寿司
この棒寿司が出てきた途端に、先のできたての棒寿司との違いが外見だけでもハッキリと見てとれた。というのも、アジの身肉と酢飯との「熟れ方」が、その境界線をみるだけでも伝わってくるのだ。
アジの棒寿司
口に運び咀嚼すると、先のできたて棒寿司との明瞭な違いを感じる。アジの身は鮮度を保ち、あのクリッとした食感を残しつつも、塩と酢の味わいが身の細胞ひとつひとつに浸透しきったように、味わいが定着しているのだ。加えて、酢飯の変化がとても大きい! 巻きたての棒寿司の酢飯を食べた時、塩味と酸味のカプセルがプチプチと爆ぜるように舌の上に感じられたのだが、Umamiéに入れた棒寿司はあたかも一晩寝かせたような熟れ方をしている。ひと言でいえば明確な一体感がある。
「できたての棒寿司は、いってみればにぎり寿司みたいなもので、まだネタとシャリが一体になれていないんです。Umamiéにかけることで棒寿司としてのおいしさがハッキリと出ました。」
ただこの棒寿司は、巻いて置いておくだけではできない、Umamiéならではの棒寿司となっているという。
「ご飯は10℃以下の温度で冷やすと、でん粉質の劣化によってボソボソしてしまい、不味くなってしまうんです。そこで、Umamiéが熟成温度を上げられる性能を活かして、20℃という設定をしました。これによってシャリのおいしさを引き出し、塩味と酸味を和らげ熟れさせていく。一方で表面は冷やされていますから、アジの鮮度感はちゃんと保持して、うま味だけ引き出していくということを狙いました。」
アジの棒寿司
なるほど、髙畠氏が言うように、この身肉の鮮度感を保持しつつ、塩と酸が熟れたシャリとしっくり一体化した棒寿司は、Umamiéにかけたからこそできる、パラドックスに満ちた一品なのだ。このように、Umamiéによる処理によって得られる成果は日本料理の魚使いにとって、大きなものがあることが確認された。
こうしたことを、髙畠氏は声高にお客に伝えるわけではない。しかし、いまのところ「圓」に集うお客の多くは、髙畠氏の一挙手一投足を見つめ、食材や調理法について問いかけてくる能動的な方が多いという。
Umamiéと髙畠克員店主
「京都の瓢亭さんでは、料理は厨房で行い、食事をしていただくのはお茶室でしたから、料理中にお客様とコミュニケーションをとることはなかったんです。でも、ここではカウンター形式にしてしまったので、お客様の視線がもう、ずっと私に集中します。こういう造りの店にしたいんです、と瓢亭の会長や社長に相談した時には『大丈夫なんか、お客様の前で料理するなんてやったことないやろ?』と心配されました(笑)。」
髙畠氏は、能動的なお客様に対しては食材や、その調理法について説明をしながら料理を提供している。Umamiéについても当然、聞かれればその仕組みについても説明をしていくという。
「これから取り組まねばならない課題は、いろいろあります。京都では瓢亭さんの会長や社長が切り拓いたルートで、一流の食材がお店に集まってきましたので、それをいかに調理するかということを考えればよかったんです。でもここは香川県です。まずはよい食材を探すところから始め、それをおいしく調理する方法を構築していかなければなりません。その方法論は当然、京都でのそれとは変わるはずです。そこでUmamiéが果たす役割が大きいことは間違いありません。魚だけではなく、野菜やお肉、穀物といった食材全般で、Umamiéを使っていく必要があると考えています。」
髙畠克員店主
丸亀市に生まれた日本料理「圓」は、新鋭店ながらも、その輝かしいキャリアからすでに、香川県における日本料理の名店となることが運命づけられている店とも言える。しかしそんな期待を一身に受けながらも、髙畠氏は飄々とその重責を実行し、すばらしい料理を生み出していくであろうと確信できる。
圓の店舗外観
香川県を訪れるなら、高松市内で用を済ませるのではなく、ぜひ食事をするために丸亀市に足を伸ばして欲しい。その価値があることを「圓」は必ずや、証明してくれることだろう。
店舗情報
日本料理 圓
〒763-0021 香川県丸亀市富屋町28−1
月曜定休
夜のみ営業
コース15,000円(税・サ別)
四国計測工業株式会社