HAGI(福島県・いわき市)
HAGI(福島県・いわき市)
HAGIは、福島県いわき市の住宅街の高台にある、隠れ家的な要素もあるレストランだ。しかしこの店で供される料理のレベルは極めて高く、いわき市、ひいては福島県を代表するフレンチレストランの一つに数えてもよいだろう。
萩シェフは6年前からエイジングブースター一号機を愛用してきた。そして二号機となるUmamiéも導入、すでに様々な用途に使い込んでいる、まさにUmamiéの使い手の一人といえる。肉はもちろんのこと、ウニやエビ、ホタテ、栗にワイン、糀に湯葉まで(!)熟成にかけ、その味わいを極限まで拡大することに成功している。関心のある方は拙ブログの記事をご覧いただきたい。
参考:やまけんの出張食い倒れ日記 2020年1月10日
「福島県いわき市の食材伝道師にして、エイジング・ブースターの伝道師。HAGIフランス料理店の萩シェフの心と技術のこもった料理に脱帽するしかない!そしてエイジングブーストした食材でもっとも感動したのは、意外なものだった。」
その萩シェフが、より庫内面積が大きく、より使いやすくなったUmamiéを手にしたことで、またパワーアップした。
「ちょっと面白い実験をしてみましたので、ぜひいらして下さい。Umamiéには、これまで言われていることとは別の、すばらしい機能があるかもしれません。」とお誘いを受けたので、取材陣はいわき市へと駆けつけたのである。
(取材・文・撮影:山本謙治)
食材
設定
Umamiéでフルーツが劣化せず、シットリした食感に変わる!
フルーツ
フルーツ
「ようこそHAGIへ!今日はUmamiéの使い方としては両極にあるようなことをやってみましたので、楽しんでいただけると思います。」
萩春朋料理長
と迎えてくれた萩シェフ。ここのところ、さまざまな料理人に対するアワードを授与されたりして、知名度が上がっているが、そんなことはおくびにも出さない朗らかさで、一行を迎えていただけた。「まずはですね、フルーツをUmamiéにかけてみたんです。以前からやっていたことなんですが、今回は狙いがあって、その辺のスーパーで購入した、なんてことのない、おいしくなさそうなフルーツに熟成をかけてみるとどうなるか、ということを実験してみたんです。」
Umamié装置
Umamiéの主たる用途として、食材のうま味を増進するということが挙げられるわけだが、熟成にかける食材は肉や魚など、たんぱく質の含有量が多いものがその対象になることが多かった。フルーツを熟成にかけるという発想は、パティシエでなければ出てこないかもしれない。でも、いったいどうなるのだろう? ワインセラー内に設置されたUmamiéの庫内を見せていただくと、こんな風になっていた。
Umamiéの庫内
熟成にかけているのはイチジク、ブドウ、キウイ、ナシである。これらはHAGI近くのスーパー店頭に普通に並べられていたもので、もちろんプロ向けの食材ではない。
「設定は、庫内温度:0度・熟成温度:8度・風量:中、です。熟成期間が1日、3日、そして7日のものを用意しています。これがね、本当に驚くような変化をするんですよ。」
萩春朋料理長
なんと、フルーツで一週間も熟成にかけるというのは、なんというか逆に贅沢な手のかけ方だとも感じる。すでにカットして熟成したフルーツをそれぞれ、盛りつけていただいた。
まずは見た目で、なるほどと思える変化が出ている。
熟成処理なし:
フルーツ
1日目:熟成なしのものと比べると、果肉が全体的に透明感が出てきている。
1日目:熟成したフルーツ
3日目:明らかに脱水された感が強くなっているが、イチジクやキウイの断面はまったくくすんでいない。
3日目:熟成したフルーツ
7日目:さすがに脱水が進み、ドライフルーツのようになっているが、色は鮮やかなまま。
7日目:熟成したフルーツ
この時、萩シェフがニコニコしながら驚くようなことを口にした。
「気づきました? それぞれ時間が過ぎるごとに水分が抜けているのはみておわかりになると思いますが、、、時間が経っても色が悪くなっていないと思いませんか? 普通ならカットして3日冷蔵庫に置いておくと、もう切り口が茶色に変色しちゃいますよね。でもUmamiéで処理している時には、それが出ないんですよ、、、」
なんと、それはどういうことだろうか? 下の写真はキウイを並べてみたものだ。右から処理していないもの、1日目、3日目、7日目の順となっている。だんだんと時が経つにつれ、色合いが濃くなってはいるものの、たしかに切り口が茶色く変化する、いわゆる褐変(かっぺん)はみられない!
キウイ
どれもナイフでカット済みのものをUmamiéに入れているので、カット面が空気にさらされている状況だ。通常であれば目も当てられないような表面になっているはずなのだが、奇麗なものである。
「こちらはナシをカットして二日間、同様の設定でUmamiéに入れたものです。これも、ほんのちょっとだけ褐変しているところがありますが、でも全体的に見れば奇麗なものですよね。」
2日間熟成させたカットしたナシ
2日間熟成させたカットしたナシ
たしかに、褐変はゼロではないのだが、極めて微量に見える。カットして2時間ほど室内においておけば、このような状態になるだろう。しかし実際には、このナシは2日前にカットされ、Umamiéの中で空気にさらされていたものなのだ。庫内温度を0度に設定しているとはいえ、いったいなぜ褐変を抑えられるのだろうか。
「Umamiéの製造元である四国計測工業さんもまだ気づいていない、未知の作用がこのUmamiéにはあるのではないか、と僕は想像してしまいました。これについてはぜひ、追加試験をしていただければと思います。さあ、それではぜひ食べてみてください。」
と、褐変のない状態に驚いたまま、試食に入る。キウイから始めたが、結果は驚くべきものだった。何も処理していないキウイに対して、熟成処理を1日経たものは、まず全体的にしっとりとしており、明らかに質の高い低温調理を施したようになっている。だが、不思議なことにフレッシュ感は損なっていないのだ。通常、どんなに低温であっても火を通すと細胞内の生命活動が失活し、加工食品らしさが生まれるものだ。果物のコンポートを想像してみるとわかりやすいだろう。しかし、このキウイには「なまもの感」とも言えるものが存在している。そして、Umamiéの処理による脱水はされているので、味の凝縮がある。処理をしていない生の状態と比べると、比べものにならないほどにおいしい。
キウイ
なお、3日目、7日目となるにつれ、ドライフルーツ感が出てきて、好みの分かれるところとなった。
「総合的にみて、一日目のものが最も商品価値があると思います。生のものとは明らかに食感と味の濃さに違いがありますが、フレッシュ感も損なわれていない。これ以降のものはドライフルーツ寄りになっていきます。ただ、7日間かけたものも、ひねた香りがなく、純粋に水分が抜けていった味わいを保っています。」
下はイチジクである。
イチジク
これもキウイと同様の感想だが、やはり1日処理のもののおいしさ、変化の大きさがとてもビビッドに感じられるものだった。なまもの感はあるが、明らかに生のなにもしていないイチジクではない食感と味の凝縮感があるのだ。
この傾向は、ブドウもまったく同じものを感じられた。
ブドウ
萩春朋料理長
「いかがでしょうか、Umamiéは肉や魚を使う人間だけではなくて、パティシエさんや製菓関係者にも有用だということが言えると思います。」
さて、フルーツでいきなり度肝を抜かれたが、これはまだ前哨戦である。萩シェフは、またフレンチの枠を軽々と超えるような試みをしていた。
「実は、福島県沖ではトラフグの漁獲量が増えてきています。このトラフグをフレンチとしてどう使うかということを考えていたのですが、、、どうしてもフグって、ポン酢と食べる日本料理にはかなわないと思っていたんです。ところがひょんなことから、このフグを節に、つまりカツオ節ならぬフグ節を作ってみようと考えたのです。」
フグをフグ節にする!
フグ節
フグ節
フグをフグ節にする!
こんなことをなぜ考えついたのか、そこにはきっかけがある。萩シェフが仲良くしているかまぼこ屋の社長が、正月向けに10月あたりからフグを干しておき、完全に水分が抜けた状態のその干しフグでだしを取って、正月の雑煮にするというのを聞いたのだそうだ。なんとも贅沢に過ぎるお雑煮だが、それを聞いて萩シェフは直感的に閃いた。
「ただ干すのもいいのですが、Umamiéを使えばとてもよい状態で脱水して、節を作ることができるのではないかと思ったんです。そこで、庫内温度-3℃に熟成温度8℃、風量は最も強い設定にして、内部の熟成と脱水を速やかに行う設定でかけてみたんです。その結果、小さな切り身であれば7日間、大きめのものでも10日間あれば完全にカチンカチンのフグ節にできることがわかりました。」
以下が、そのフグの仕込みと仕上がりである。
Umamiéでの仕込み
Umamiéでの仕込み
生の状態のフグ切り身
生の状態のフグ切り身
10日間Umamiéで処理したフグ節
10日間Umamiéで処理したフグ節
ご覧のように、フグ節の表面がツヤツヤと輝き、水分が抜けている様がみえる。
カツオ節であれば表面にカビをつけて、そのカビがさらに脱水をし、独特の風味を加えていくが、このフグ節は純粋にフグの身を熟成し酵素の力でうま味を生成しつつ、すみやかに脱水したというものになる。つまり、純粋にフグのうま味を味わうことができる節と言えるのだ。
フグ節
けずり節を作る機械
ちなみに、このフグ節、手でかんなで削るには不定型すぎるため、おかかちゃんというけずり節を作る機械にかけて削っているという。
「まずはフグ節を味わってみてください。」
と出てきたのは、茹でたオクラに削ったフグ節をかけ、軽く塩をした一品だ。
フグ節をかけたオクラ
フグ節をかけたオクラ
これを食べて、唸ってしまった。フグは本来、余りねかさないで切りつけて刺身でいただくもので、ポン酢によって味わいは増幅されるものの、それ自体は淡い味わいと言ってもよいだろう。それが、フグ節にすることで味わいが凝縮されるのである。フグはこんなうま味を持っていたのか! と驚く。しかもその香りはカツオ節のようにカビ付けされたものではないため、実に清らかである。
「ではこのフグ節を使って、この冬の正式メニューにしようかと考えている、ある料理を作りますので、、、」
フグ節を使った料理を調理中
「はい、フグの出汁とフグ節でスープをとった、フグラーメンです。」
フグラーメン
なんと、フグ節を大胆にふりかけた、贅沢なラーメンである! ごらんの通りラーメン丼より面積は大きいが、内容量は少ない皿に盛りつけてあるため、一見するとラーメンではなくフランス料理かとも思えるが、でもそれはしっかりとラーメンなのである。
フグラーメン
「フグのスープを味わっていただくことが一番大事なので、麺にクセがなく、主張しすぎない味のものを探しました。どうぞフグ節を絡めて食べてみてください。」
フグラーメン
まずはスープ、いやフグのコンソメを一口いただこうかとも思ったが、このフグの節をからめた麺の味を知りたくて、そのまますすり込んでしまった。その刹那、とても清々しくも濃厚な味わいのスープが口中に跳ねる。麺にからんだスープだけでしっかりと、フグの出汁の凝縮された旨さが強く感じられる。麺を咀嚼すると、そこに絡んだフグ節からもエキスが染み出し、味わいがドンと深くなる。なんと上質で、なんとパワフルなラーメンなのだろうか!
「Umamiéを使うと、どんな食材でも『節』にすることができると思います。強力な脱水をできるだけではなくて、その間、腐敗や酸化を防いでくれる作用があるのではないかと思うんです。そうじゃないと説明がつきません。このフグ節から、まったく嫌な香りや味が出ないことから、そう確信しています。」
というが、本当にこのフグのコンソメをいただくと、萩シェフが言うような未知の作用が働いているかのように感じる。この辺は、製造元である四国計測工業にしっかりと追試をしていただき、明らかにして欲しいところである。
食感、滑らかさがまったく違う、深みある和栗ペースト
和栗ペースト
和栗ペースト
和栗のペースト
「さあ、それではデザートを召し上がっていただきます。」と萩シェフが皿に出したのは、福島県産の和栗のペーストだ。
モンブランを盛りつける
「いま、モンブランをお客様の目の前で盛りつけるサービスをしているのですが、和栗の味わいをもっとおいしくしたいとずっと思っていました。なんというか、とれたての和栗はでん粉質ではありますが、深い味わいは寝かせないと出ないんです。農家さんが冷蔵して熟成してくれるのですが、こうやってペーストにしてからUmamiéで処理をすることで、味わいが深くなるのではないかと思い、やってみました。」
なお、Umamiéの設定は、先のフルーツの設定と同じで、一日かけたものだ。
モンブラン
絞り出したペーストは、萩シェフが甘味に試用している糀糖で作った糀クリームにまんべんなくかけてある。見た目にはそれほど差がないように見えるが、果たしてどうだろうか。
モンブラン
モンブラン
これはもう感動的な違いがある。和栗ペーストの食感、滑らかさがまずまったく違う。Umamiéにかけていない方は和栗のでん粉質が粉っぽく、舌触りにザラリとしたものを感じる。対してUmamié処理をしたものは、舌に滑らか、絹のような食感で、バターナイフを使えばスルスルと伸びていきそうだ。そして、味わいに関して言えば、深みがあるという一言。味も香りも一段強く感じるのだが、いやみのある強さではなく「深くなった」という印象だ。糀クリームとの相性も最高で、思わず食べ進めてしまった。
今回、萩シェフにはフルーツ、フグの切り身、そして和栗ペーストと、通常のフレンチレストランが行う熟成ターゲットとしては角度の違った食材をUmamiéで熟成処理していただいた。それによって、はからずも製造元である四国計測工業でさえも考えていなかったような結果を観ることができたように感じる。萩シェフに感謝である。
萩シェフ
なお、HAGIはコロナ禍前より「一日一組」に限った営業をしていたが、コロナ終焉とともにその原則を撤廃。シェフが同時に作業できる10名までの人数であれば予約可能となっている。東京都内にはフランス料理の名店があり、全国から集まる最高の食材を使った料理を愉しむことができる。しかし、あえていわき市まで足を伸ばしてHAGIに来ていただきたい。おそらく東京では味わうことができない、いわきキュイジーヌとも言える素晴らしい料理に出会うことができる。その極上の料理体験の裏には、Umamiéのはたらきがある。萩シェフのUmamié使いの進化を、今後も期待したい。
店舗情報
HAGI
〒973-8409 福島県いわき市内郷御台境町鬼越171-10
http://www.hagi-france.com/
TEL:0246-26-5174
営業時間 DINNER 18:30~(完全予約制)
四国計測工業株式会社